恐ろし!怪し!もののけ古典講座

妖怪や幽霊、神仏等、怪しいモノが登場する古典作品を紹介します。
高校生のテスト対策や大学受験対策でも役立つように、
古典文法や古文常識を解説します。が、メインはオカルト関連の薀蓄です。
「古典は面白い!」と言う若者が増えると、もののけ達も喜びます。
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尼、地蔵見奉ること(『宇治拾遺物語』より)(6)~「む(ん)」の識別・「ぬ」の識別・敬語の復習~

<前回までのあらすじ>
「お地蔵様が夜明け前に歩き回る」という都市伝説を信じる年老いた尼さんは、ギャンブラーに連れられて、「地蔵」というキラキラネームの子どものもとへ連れて来られた。尼さんが着物を渡すと、ギャンブラーはさっさと逃げてしまった。これは詐欺だったのだ!しかし、純粋な尼さんは、自分が詐欺に遭ったことにすら気づかず……



みみずく:いよいよ「尼、地蔵見奉ること」の最終回です。2人とも気合いを入れていきましょうね!

リョウキキョウキ:ハーイ!

「ん」の識別再び!!



 尼は、『地蔵見参らせん』とてゐたれば、/親どもは心得ず、『(尼は)などこの童を見んと思ふらん』と思ふほどに、/十ばかりなる童の来たるを、/(親が)「くは、地蔵よ」と言へば、/、見るままに是非も知らず、臥しまろびて、拝み入りて土にうつぶしたり。

【訳】尼が地蔵を拝み申し上げようと思って座っているので、親たちは納得がいかず、 『(尼は)なぜうちの子を見ようと思うのだろうか』と思ううちに、十歳ほどの子どもがやって来たのを、親が 「おい、地蔵だよ」 と言うので、尼は、それを見るや否や夢中になって、転げるようにひれ伏して、拝みこんで地面にうつ伏した。



キョウキ:地蔵君の親御さんもビックリですね!急にやってきたババアが、自分の子どもを見たとたんにひれ伏して拝み始めるんですから。今の時代だったら即通報ですよ(笑)

みみずく:キョウキも、将来こういう人にならないように、今のうちからしっかり勉強しておこう。無知は奇怪な行動につながるからね。

で、上の文章には「ん」が3ヶ所ある。「地蔵見参らせん」「この童を見ん」「思ふらん」のそれぞれの「ん」を文法的に説明しよう。

リョウキ:「地蔵見参らせん」を品詞分解すると……

地蔵/見/参らせ/ん (名詞/上一段動詞「見る」の連用形/謙譲の補助動詞「参らす」の未然形/意志の助動詞「ん」の終止形


ここは、尼さんが心の中で思っていることだ。「参らす」という謙譲語が使われているから、主語は偉くない人の尼さん。「地蔵」の後ろには「を」を補い、主語が一人称なので「ん」は意志で訳す。

だから、「ん」は、意志の助動詞「ん」の終止形

キョウキ:「この童を見ん」の部分も主語は尼さんで、尼さんの立場で考えれば、主語は一人称となるわ。だから、ここの「ん」も、意志の助動詞「ん」の終止形

「思ふらん」の方は、「らん」が現在の原因推量の助動詞「らん」の終止形なので、助動詞の一部と答えればいいかしら?

みみずく:2人とも大丈夫なようだね。

「ぬ」の識別を考えよう!



みみずく:さあ、ここからサイケデリックな展開になるから、心して読むように!(笑)

 、すはゑを持て遊びけるままに来たりけるが、そのすはゑして手すさみのやうに額をかけば、額より顔の上まで裂けぬ。/裂けたる中よりえも言はずめでたき地蔵の御顔、見え給ふ。

【訳】子どもは、木の小枝を持って遊んだまま来たが、その小枝で手遊びのように額をひっかくと、額から顔の上まで裂けてしまった。裂けた中から、言いようもなく素晴らしい地蔵のお顔が、見えなさる。


リョウキ:子どもの顔の裂け目から姿を現す地蔵菩薩……衝撃的ですね!

キョウキ:最近、そういう映画ありましたよね?あっ、『寄生獣』!!

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リョウキ:地蔵菩薩は実はパラサイトだった!(笑)

みみずく:2人ともバカなことを言ってないで、本題に戻るぞ。

君たちは「裂けぬ」を「裂けてしまった」と訳したけど、どうして?

リョウキ:そう訳さないと、地蔵菩薩を登場させられないし……

みみずく:以前も言ったけど、古文を文脈に頼って訳すのは危険で愚かな行為だ。文脈判断の前に考えるべきは、あくまでも文法規則!「裂けぬ」を訳すなら、「ぬ」の識別を考えなければならない。

「ぬ」には、完了「ぬ」の終止形と打消「ず」の連体形があるけど、これらはどう見分けるの?

キョウキ完了「ぬ」は連用形接続で、打消「ず」は未然形接続です。なので、「ぬ」の直前の動詞を見れば、「ぬ」がどっちか分かります。たとえば、「言ひぬ」は「言ひ」が連用形なので完了「ぬ」、「言はぬ」は「言は」が未然形なので打消「ず」の連体形です。

みみずく:キョウキの言ってることは正しい。でも、「裂けぬ」の場合、「裂く」は自動詞の場合下二段活用になって、未然形も連用形も「裂け」なんだけど、どうする?

キョウキ:あうっ……

リョウキ:じゃあ、「ぬ」の下を見ます。「~ぬ。」という文末の場合は完了「ぬ」の終止形、「~ぬ+名詞」の場合は打消「ず」の連体形です。

みみずく:基本的にはリョウキの考え方でOK。ただ、例外的に、打消「ず」の連体形が文末に来ることがあるよね?

キョウキ係り結びがあるときですか?

みみずく:その通り!

「~ぬ。」の前に、係助詞「ぞ・なむ・や・か」のいずれかがある場合、「ぬ」は文末でも打消「ず」の連体形になる。だから、係助詞の有無はチェックしなければならないよね。

リョウキ:「裂けぬ。」の前を見ると係助詞はないので、「ぬ」は完了「ぬ」の終止形と判断できます。じゃあ、僕たちがさっき言ってたことはやっぱり正しかったんですね!

みみずく:まあ、結果的にはそうだ。でも、キチッと根拠を以て訳していくことが大切だよ!という意味で細かい話をしたんだ。以下に「ぬ」の識別をまとめるから、しっかり頭に叩き込んでおこう。

「ぬ」の識別

★接続から判断する
①連用形+ぬ→完了「ぬ」の終止形「~してしまった」
②未然形+ぬ→打消「ず」の連体形「~ない」

★接続で見分けられないときは、「ぬ」の後ろを見る
①「~ぬ。」→完了「ぬ」の終止形「~してしまった」
※ただし、「~ぬ。」の前に、係助詞「ぞ・なむ・や・か」があれば、打消「ず」の連体形になる。
②「~ぬ+名詞」→打消「ず」の連体形「~ない」


敬語を復習しよう!



 、拝み入りてうち見上げたれば、/(地蔵菩薩が)かくて立ち給へれば、/(尼は)涙を流して、拝み入り参らせて、やがて極楽へ参りにけり。/
 されば、心にだにも深く念じつれば、仏も見え給ふなりけりと信ずべし。

【訳】 尼は、拝みながら仰ぎ見ると、このように地蔵菩薩が立ちなさっているので、(尼は)涙を流して、拝み申し上げて、そのまま極楽往生した。
 だから、心にさえ強く念じれば、仏もお見えになったのだと信じるべきである。



キョウキ:とんでもない展開ね!

リョウキ:急に現れたババアが、傷ついた子どもを一生懸命拝んだと思ったら、そのまま極楽往生するとは!極楽へ行ったということは、つまり死んだということだろ?子どもの顔が裂けて「大変だー」ってときに目の前でババアが突然死したら、子どもも親もビックリだよね(笑)

みみずく:こういう展開があるから、古典は面白いんだよ。それはそうと、敬語と主語の把握の復習をしておこう。

1文目の述語を全部抜き出すと、「拝み入りて」「うち見上げたれば」「立ち給へれば」「流して」「拝み入り参らせて」「参りにけり」だ。これらの敬語の変化を見ていくよ。

まず「拝み入りて」「うち見上げたれば」には敬語無し、「立ち給へれば」には尊敬語の「給ふ」、「流して」は敬語無し、」「拝み入り参らせて」には謙譲語の「参らす」、「参りにけり」には謙譲語の「参る」――ここから何が分かる?

リョウキ尊敬語の入っている「立ち給へれば」だけ、主語が偉い人、つまり地蔵菩薩ということです。それ以外の述語に対する主語は尼さんです。

みみずく:敬語と主語の関係にもだいぶ慣れてきたようだね。その調子で敬語マスターを目指してくれ!

で、最後の一文は、本文全体のまとめ。仏教を信じているとこんなにいいことがあるよ、という仏教説話ならではのまとめ方だ。けど、この話を読んで僕が思うのは、「尼さんは本当に幸せだったのかな?」ってことだね。

キョウキ:仏様の存在を信じるあまり、子どもの顔の傷に地蔵菩薩を見てしまうなんて、もはや狂気の沙汰ですよね……

リョウキカルト宗教でも、よくこういうことがあるじゃない?信じれば、教祖様は神や仏になるし空も飛ぶ。信者自身だって、心の安定を得られるんだ。もっとも、それなりの金銭的代償は伴うけど(笑)

みみずく:「信じる者は救われる」もとい「信じる者は足をすくわれる」かな?

僕たちの価値観からすると「えーっ!?」って感じだけど、まあ、価値観は人それぞれということで無難にまとめて終わりにしよう。

では、長々と続いた「尼、地蔵見奉ること」の授業はこれで終了です。お疲れ様でした!

リョウキキョウキ:ありがとうございました!(了)

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[ 2015年03月28日 13:00 ] カテゴリ:宇治拾遺物語 | TB(0) | CM(0)

尼、地蔵見奉ること(『宇治拾遺物語』より)(5)~「なむ(ん)」の識別~

<前回までのあらすじ>
「お地蔵様が夜明け前に歩き回る」という都市伝説を信じる年老いた尼さんは、そのお地蔵様に会いたい一心でさまよい歩くのだった。そんな彼女に近づいてくるギャンブラーがいた。彼が「地蔵の居場所に連れて行ってやるから、褒美を寄越せ!」と持ちかけると、尼さんは自分の着物を差し出すことを約束する。2人はいよいよ地蔵のもとへと足を運ぶのだった。


みみずく:前回まで、あまりにもダラダラっとし過ぎたので、今回からは本格的にペースアップします。

リョウキ「ペースアップ=手抜き=雑になる」ってことですよね?それは……グヘッ……(リョウキの頭に炸裂する便覧の角!!)

ギャンブラーの詐欺手口が明らかになる!!



みみずく:2段落目も、「オニババアの法則」で主語を書き込んでいくよ。

 、喜びていそぎ行くに、/そこの子に地蔵といふ童ありけるを、/(博打は)それが親を知りたりけるによりて、「地蔵は」と問ひければ、/、「(地蔵は)遊びに往ぬ。今来なん」と言へば、/(博打は)「くは、ここなり。地蔵のおはします所は」と言へば、/、うれしくてつむぎの衣を脱ぎて取らすれば、博打はいそぎて取りて往ぬ。

【訳】尼は、喜んで急いで行くと、そこの子どもに地蔵という(名前の)子どもがいたのを、(博打打ちは)その子の親を知っていたので、 「地蔵は(どこにいるのか)」と(親に)問うと、(親が) 「(地蔵は)遊びに行っている。直きに帰ってくるだろう」と言うので、 (博打打ちは)「さあ、ここだ。地蔵のいらっしゃる所は」と言うので、 尼は、嬉しくなって紬の着物を脱いで取らせると、博打打ちは急いで受け取って去ってしまった。



リョウキ:うわっ!これはひどい!やっぱりギャンブラーは尼さんを騙すつもりだったんじゃん!!

キョウキ:「ピ●チュウに会いたい!」って人に、「光宙」と書いて「ピ●チュウ」と読むキラキラネームの子どもを紹介するようなもんね(笑)

リョウキ:昔からキラキラネームは存在したってことかな?いくらありがたい存在だからって、自分の子どもに「地蔵」なんて名前を付けるかなぁ……

みみずく:「リョウキ」とか「キョウキ」とか、君たちの物騒な名前だってキラキラネームじゃないか!

リョウキキョウキ:あっ……(顔を見合わせる2人)

みみずく:まあ、人の価値観はそれぞれだから、キラキラネームを叩くのはそのくらいにしておこう。

本題に戻って、大事なところだけ簡単に確認するよ。「それが親」って、どう訳すの?

リョウキ:「それが地蔵の親です」ってこと?

みみずく:「それ」って何だよ?意味が分からない。

体言+「が」+体言の形では、多くの場合、「が」が連体修飾格になる。つまり、「が」を「の」に言い換えられるということ。

たとえば、「我が国」という言葉で、「我(わ)」は「私」のことだから、体言(我)+「が」+体言(国」となっている。これは、「私国」って意味だろ?「私国」と言ったら、頭のオカシイ人の妄想になっちゃうよね(笑)

キョウキ:じゃあ、「それ親」も「それ親」と言い換えると……「それ」は、地蔵君のことですか?

みみずく:その通り!じゃあ次。「遊びに往ぬ」の「往ぬ」を品詞分解すると?

リョウキ:「往」と「ぬ」?

みみずく:残念!これは、「往ぬ」で一単語だ。ナ行変格活用動詞は「し(死)ぬ」と「いぬ」の2つだけだったよね?そのうち、「いぬ」の方には、「去ぬ」や「往ぬ」の漢字を当てるんだ。だから、ここの「往ぬ」は、ナ変動詞「往ぬ」の終止形

「なん(む)」の識別を考えよう!



みみずく:その下の「今来なん」を品詞分解すると?

リョウキ:「今/来/なん」かな?

みみずく:またまた残念!ここでは、「なん(む)」の識別について復習しておこう。

「なむ(ん)」の識別

①「なむ」の前が「死・去・往」→ナ変動詞「し(死)ぬ・い(去・往)ぬ」の未然形の活用語尾+推量などの助動詞「む」
②「なむ」の前が連用形→強意の助動詞「ぬ」の未然形+推量などの助動詞「む」(確述用法)
③「なむ」の前が未然形→他への願望の終助詞「なむ」
④①~③以外→係助詞「なむ」(文末に連体形が来ることが多い)


なむ」なら①で「死ぬだろう」、「言ひなむ」なら②で「きっと言うだろう」、「言はなむ」なら③で「言ってほしい」となる。それ以外は④で、多くの場合、「母なむ宮なりける」のように、係り結びの法則(なむ+連体形)から文末が連体形になるんだ。ただ、この文末は省略されることもあるので、文末だけで④を判断するのは難しい。④は、あくまでも①~③以外ということで。

キョウキ:先生、質問~

「今来なん」の「来」はカ変動詞で「こ・き・く・くる・くれ・こ(よ)」と活用しますが、語幹が無いので、未然形の「こ」と連用形「き」は両方とも「来」の漢字を当てます「来なん」は、「こなん」なのか「きなん」なのか、見分けが付きませんが、どう考えればいいでしょうか?

みみずく:形式的に見分けが付かないときはどうするか?そんな君には、魔法の言葉を教えよう。その言葉とは、「ぶ・ん・みゃ・く」つまり「文脈」(笑)

古典でも英語でもそうなんだけど、訳の手順としては、「文法→文脈」が王道だ。それを逆にして、何でもかんでも文脈から判断しようとする生徒がいるけど、そういうおバカさんは誤読する。まずは文法規則に従って、忠実に直訳することが大切だ。でも、それじゃあどうしようもないときが出てくる。そんなときは迷わず文脈判断するんだ。

リョウキ:それなら「来なん」も……

みみずく:文脈から攻めてみよう!「来なん」の主語は?

キョウキ:今からやって来る人だから地蔵君。

みみずく:その通り。じゃあ、「地蔵君はきっと来るだろう」がいいか、「地蔵君は来てほしい」がいいか、どっち?

リョウキ:「地蔵君はきっと来るだろう」です。

みみずく:それでいいんじゃない?

というわけで、次回がいよいよ「尼、地蔵見奉ること」の最終回だ。気合い入れていくよ!(続く)

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[ 2015年03月27日 16:00 ] カテゴリ:宇治拾遺物語 | TB(0) | CM(1)

尼、地蔵見奉ること(『宇治拾遺物語』より)(4)~「む(ん)」の識別・係り結び(こそ~已然形)の確認~

 今は昔、丹後国に老尼ありけり。/地蔵菩薩は暁ごとにありき給ふといふことを/(老尼は)ほのかに聞きて、暁ごとに地蔵見奉らんとて、ひと世界惑ひありくに、/博打の打ちほうけてゐたるが見て、「尼君は寒きに何わざし給ふぞ」と言へば、/「地蔵菩薩の暁にありき給ふなるに、/(私(=老尼)は)会ひ参らせんとて、かく歩くなり」と(老尼が)言へば、/「地蔵のありかせ給ふ道は/我(=博打)こそ知りたれ。/(あなた(=老尼)は)いざ給へ。/(私(=博打)が)会はせ参らせん」と(博打が)言へば、/「あはれ、うれしき事かな。地蔵のありかせ給はん所へ、/(あなた(=博打)は)我をゐておはせよ」と(老尼が)言へば/「(あなた(=老尼)は)我に物をえさせ給へ。/(私(=博打)が)やがてゐて奉らん」と(博打が)言ひければ、/「(私(=老尼)は)この着たる衣(を)、奉らん」と(老尼が)言へば、/(博打が)「さは、いざ給へ」とて隣なる所へゐて行く。


<前回までのあらすじ>
「お地蔵様が夜明け前に歩き回る」という都市伝説を信じる年老いた尼さんは、そのお地蔵様に会いたい一心でさまよい歩くのだった。そんな彼女に近づいてくるギャンブラーがいた。尼さんとギャンブラーの人生が交錯するとき、そこにはどんな結末が待ち構えているのか?


みみずく:進度が遅い!たった数行訳すだけなのに、どれだけの時間と労力を使ってるんだ!?

リョウキ:そりゃあ、いちいち古典文法の解説をしてたら、進度が遅くなるのは当たり前ですよ。しかも、みみずく先生は古典が苦手じゃ……グフッ……(リョウキの頭に炸裂する便覧の角!!)

みみずく:貴様、営業妨害で訴えるぞ!!

キョウキ:そんなこんなですが、今回もダラダラっとお付き合いください(笑)

博打打ちがお地蔵様の歩く道を知っている!?



地蔵のありかせ給ふ道は/我(=博打)こそ知りたれ。/(あなた(=老尼)は)いざ給へ。/(私(=博打)が)会はせ参らせん」と(博打が)言へば、/「あはれ、うれしき事かな。地蔵のありかせ給はん所へ、/(あなた(=博打)は)我をゐておはせよ」と(老尼が)言へば
【訳】地蔵が歩きなさる道は私が知っている。さあいらっしゃい。(私が)会わせ申し上げよう」と(博打打ちが)言うので、「ああ、うれしいことだなぁ。地蔵が歩きなさる場所へ、私を連れて行ってください」と(老尼が)言うので


みみずく:博打打ちが怪しげなことを言ってますね。ギャンブラーの言うことなんて真に受けちゃいけないのに、尼さんは信じちゃってる(笑)

リョウキ:「俺がパチンコと競馬で1000万円を3倍にしてやるから!なっ、だから、俺に1000万円貸してくれ!」って言う奴にお金を貸してしまうようなもんですね!

キョウキ:ギャンブラーに1000万円を貸したら、3倍どころか全額使い込まれてしまって、途方に暮れた貸し主は一家心中を決意するのだった……ムフフ……

みみずく:物騒な話はおいといて、大事なところだけ解説します。じゃあ、リョウキ、「ありかせ給ふ」を品詞分解して。

リョウキ:「ヒンシブンカイ」というのは、瀕死の人間をバラバラに分解することですか?

みみずく:ふざけるな、マジメにやれ!おまえを分解するぞ!!

リョウキ:すみません、マジメにやります。「ありかせ/給ふ(動詞/動詞)」ですか?

みみずく:残念!

「ありく」は四段活用動詞で、語幹が「あり」、活用語尾が「か・き・く・く・け・け」と変化する。残念ながら、「ありかせ」と活用することはないんだな。正しくは次のように品詞分解するんだ。

ありか/せ/給ふ (四段動詞「ありく」の未然形/助動詞「す」の連用形/四段動詞「給ふ」の連体形)


直後に尊敬の補助動詞「給ふ」を伴う「(さ)せ」は、ほとんどの場合、尊敬の助動詞だ。「(さ)せ給ふ」は、「尊敬語+尊敬語」なので二重尊敬と呼ばれる。最高の敬意を表すときに使うんだよ。

じゃあ、次はキョウキ。「知りたれ」の「たれ」は、どうして「たり」じゃないの?

キョウキ:命令形だから?「知っていろ、ヴォケェッ!!」みたいな?

みみずく:残念!

この「たれ」は、直前の係助詞「こそ」の影響で已然形になってるんだ。「こそ+已然形」で強意を表すんだけど、訳すときは、「こそ」を無視して、已然形を終止形に直して考えよう。だから、「我こそ知りたれ」は「我知りたり」に直して、「私が知っている」と訳せばOKだ。

「いざ給へ」は「さあいらっしゃい」という慣用表現だね。「我をゐて」の「ゐ」は、上一段動詞「ゐる(率る)」の連用形だ。「ゐる(率る)」は、伴う・連れるという意味だよ。

「ん」の識別は大丈夫かな?



みみずく:今まで流してきたんだけど、助動詞「む(ん)」の識別は大丈夫かな?上の文だと、「会はせ参らせん」と「地蔵のありかせ給はん所へ」の2ヶ所に「ん」が使われている。この2つの意味の違いを説明せよ。

キョウキ:文法書には、「ん(む)」の意味が6つ載ってるわ。「推量」「意志」「適当」「勧誘」「仮定」「婉曲」……キモイ!兄ちゃん並みにキモイわ!!

リョウキ:その「兄ちゃん並みに」というのは余計だ!

キョウキ:兄ちゃんに勝るとも劣らないくらいキモイ!!

リョウキ:だから、俺を引き合いに出すなっ!!

みみずく:キモイキモイ言ってないで、下に書いた「む(ん)」の識別を覚えなさい。

「む(ん)」の識別

★文末の「む」
①主語が一人称(私)→意志「~しよう」
②主語が二人称(あなた)→適当・勧誘「~がよい」
③主語が三人称→推量「~だろう」

★文末以外の「む」
①直後が名詞→婉曲「~のような」(特に訳さなくてよい)
②直後が助詞→仮定「~としたら」


これが100%成り立つわけじゃないけど、大体はこれで読めるはずだ。たったこれだけなのにキモイかい?

キョウキ:全然キモくないでーす!兄ちゃんの方が百倍キモイです!!

リョウキ:実の兄に向かって「キモイ」を連呼するな!

みみずく:そこの仲良し兄妹、痴話喧嘩してないで、「会はせ参らせん」と「地蔵のありかせ給はん所へ」の「ん」をそれぞれ文法的に説明して。

リョウキ:痴話喧嘩って何っすか?気色悪いことを言うのはやめてくださいよ……

じゃあ、俺は「会はせ参らせん」の「ん」を説明します。「参らせ」は、謙譲の補助動詞「参らす」の未然形なので、「会はせ参らせん」の主語は偉くない人、つまり話し手自身(=博打打ち)ということだな。ということは、文末の「ん」で主語が一人称なので意志です。

キョウキ:次は私の番ね。「地蔵のありかせ給はん所へ」の「ん」は文末以外で直後に名詞「所」があるので婉曲です。

みみずく:2人とも正解!難しく考えないことだね。

尼さんが博打打ちに着物をあげる約束をすると……



「(あなた(=老尼)は)我に物をえさせ給へ。/(私(=博打)が)やがてゐて奉らん」と(博打が)言ひければ、/「(私(=老尼)は)この着たる衣(を)、奉らん」と(老尼が)言へば、/(博打が)「さは、いざ給へ」とて隣なる所へゐて行く。
【訳】「私に物をお与え下さい。すぐに連れて行って差し上げましょう」と(博打打ちが)言うので、「この(私が)着ている着物を、差し上げましょう」と(尼さんが)言うので、(博打打ちが)「さあ、いらっしゃい」と言って隣の家に連れて行く。


みみずく:「えさせ給へ」は、次のように品詞分解します。

え/させ/給へ (下二段動詞「う(得)」の未然形/使役の助動詞「さす」の連用形/尊敬の補助動詞「給ふ」の命令形)


「え」は、ア行下二段活用動詞「う(得)」の未然形で、「手に入れる」という意味。「させ」は意味的に使役「させる」と解釈して「えさせ給へ」を直訳すると、「手に入れさせなさって下さい」となる。要は、博打打ちが尼さんに「地蔵の居場所を教える代わりに、何か褒美をよこせ!」と言ってるわけだ。

そんな博打打ちに対して、尼さんは「着物を差し上げましょう」と応えています。「この着たる衣、奉らん」の「奉ら」は「奉る」の未然形だけど、直前に動詞がくっついていないので本動詞だ。本動詞の「奉る」は、補助動詞の「申し上げる」の意味ではなく、「与ふ」の謙譲語になる。つまり、「この着たる衣、奉らん」の「奉らん」は、「差し上げましょう」と訳せるよね。

リョウキ:この尼さん、ギャンブラーに騙されている気がします。この後どうなるんですか?

みみずく:それは次回のお楽しみということで!(続く)

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[ 2015年03月25日 07:00 ] カテゴリ:宇治拾遺物語 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

みみずく先生@妖怪博士見習い

著者:みみずく先生@妖怪博士見習い

都内(墨田区両国周辺)で家庭教師業を営んでいるみみずくと申します。本ブログでは、妖怪や幽霊、神仏等、怪しいモノが登場する古典作品を紹介します。高校生や大学受験生の役に立つように古典文法や古文常識に触れつつ、もののけ達の跋扈する、ちょっぴり怖くて魅力的な世界を散策します。一人でも多くの方に古典を楽しんでもらいたいと思っています。家庭教師・ライターのお仕事依頼等は、下のメールフォームからお願いします。

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